青色毎日

大学生が日々のあれこれをぼやくブログ。みんな不幸になれば僕が一番幸せなのになあ。

短編小説「夕焼け、かくれんぼ」

「もういいかい」

まあだだよ

悟の問いかけに僕たちは答えた。

夕焼け小焼けのチャイムが今日も遠くで鳴り響く。

どこに隠れよう。

あたりをきょろきょろ見回すと茂みの方から声が聞こえた。

「祐樹、こっち」

声のする方に寄ってみると、そこには香苗がしゃがみこんでいた。

「私かくれんぼなんてするの三年生ぶりかも」

「こっちだっていつもやってるわけじゃないからな」

そうなんだ、香苗はくすくすと笑った。

思いがけない展開に僕の左の胸がどくんどくんと音を立て始める。

香苗に聞こえてはいないだろうか。

僕は香苗の少し前に座った。

「香苗たちはどうして公園にきたの」

「私たち、沙紀ちゃんの家で遊んでたの。そしたら祐樹たちが見えたから」

「あぁ、あいつの家あそこだっけ」

すぐ近くに見える白い壁の一軒家、あそこから塾の青い鞄を提げて出掛ける沙紀を僕たちはよく目にしていた。

なんでも中学受験するんだとか。

香苗はどうなのだろう。

急に不安に駆られた僕はそっと振り返ると、香苗と目が合ってしまいすぐに視線を外した。

「悟来ないね」

「あいつ鬼やるの下手だからなあ」

「あれ、かくれんぼやらないんじゃなかったっけ」

しまった。

「ず、ずっと前にやったときも遅かったんだよ」

慌てて付け足したが、いつものように笑われた。

きっと子供っぽいと思ったに違いない。

嫌な汗が額を伝った。

「沙紀の家でゲームでもやってたの」

僕は咄嗟に話をそらした。

「んーん、話してただけ」

「ふーん。なにをそんなに話すことがあるのさ」

なんてことない返事のつもりが、うーんと言ったきり香苗は黙りこくってしまった。

何かまずいことでも訊いてしまっただろうか。

かぁかぁと悲しげにカラスが鳴いている。

望んでいた二人きりの時間はあまりに気まずく、思わずえずいてしまいそうだった。

早く悟に見つけてもらいたい、そう願っていると香苗は口を開いた。

「恋バナ、とか」

 ごくん、僕は生唾を飲んだ。

香苗の好きな人。

聞きたくないのに、聞きたくてしょうがない。

「祐樹は好きな人いるの」

狼狽える僕にさらなる追い打ちがかかる。

あぁ、なんて答えればいいのだろう。

迷ってはみたが、答えは一つしかなかった。

「……いないよ」

いるなんて答える勇気、僕にはない。

誰? なんて聞かれても答えられないし、勘違いでもされたら僕は。

そっかと香苗は小さくつぶやいた。

「香苗は、どうなんだよ」

 僕の精一杯。

じっとりと服が肌にへばりつく。

なんでこんなことを訊いてしまったのだろう。

でも、どうしても気になった。

どうかいないでくれ。

嫌な予感と淡い期待が頭の中でぐるぐる廻る。

一瞬の静寂のあと香苗は言った。

「……内緒」

そんな、ずるい。

そう言ってやりたかった。

言ってやりたかったけれど、香苗の顔を見ると、僕はなにも言えなくなった。

「な、なんだよそれ」

どうにか言葉を絞り出したところで、ふいに現実に引き戻される。

「祐樹と香苗、みいつけた!

そうだ、かくれんぼをしていたのだ。

すっかり忘れていた。

見上げると悟がこちらを覗きこんでいる。

ここにずっと座りこんでいたい気持ちを抑え僕は立ち上がった。

「見つかっちゃったね」

後ろから声がした。

「見つかっちゃったな」

二人でなに話してたんだよ、みんなの方へ戻るとやんややんやとからかわれた。

向こうでは女子たちがきゃっきゃと何やら騒いでいる。

なにも話してないよ。

そう答えながら僕はさっきのことを思い出した。

内緒、そう言った香苗の顔はまるで夕焼けみたいに真っ赤だった。

そんな香苗に僕は、言葉も出ないほど、ひどく心を奪われてしまったのだ。

僕も夕焼けだっただろうか。

そんなことを考えていると無性に恥ずかしくなってきて、照れ隠しをするように僕はみんなに向かってこう言った。

「次、鬼ごっこな!」